一部分は、ツイッターで流したことがあったかも?
わけもなく、むしゃくしゃしていた。
煌びやかな摩天楼の影に隠れ、闇に包まれた区域。人々が近づかないゾーン。どこからともなく下種な笑い声が聞こえ、埃臭い匂いが充満している狭く汚い路地裏。崎家の長男が立ち入るには向こうから拒否されるような場所ではあるが、俺が勝手に入り込むのは自由だ。
日中、燦々と照らされる日の光が今の俺には不釣り合いのように眩しくて、俺は夜な夜なペントハウスを抜け出し夜の闇に紛れ込んでいた。
多忙ではあるが子煩悩な父。降り注ぐような愛情で育ててくれた母。少々生意気だけど素直な弟。真っ直ぐな瞳で慕ってくれる可愛い妹。絵にかいたような仲のいい家族。
それなのに、いつ頃からか居心地が悪くなり自分を隠すようになった。
そして有り余る金に、崎家の長男、Fグループの次期後継者と、肩書きばかりが先行し、俺自身が自分を見失っていた。
本当の俺は、皆が思ってるほど聖人君子じゃない。
そんな憤りを心の底に持ちながら、今夜もふらりと月の見えない街中を歩いていた。
売られた喧嘩は買わなきゃ損。
そんなことを考えながら、どこの誰だかわからない奴を相手に、乱闘を繰り広げていた。どっちにしろ、暴れる口実ができればそれでよかったのだが。
相手が凶器を持っていなかったのはラッキーだった。ナイフくらいならなんとでもできるが、銃を持っていたらさすがに命がヤバい。
しかし色々と体術を習っていても多勢に無勢。結構やられたところに車のヘッドライトが飛び込み、親父のSPがバラバラと現れた。そして俺を取り囲んでいた三人は、あっという間にSPに捕らえられ、俺の前から消え去っていく。
残ったのは、無表情に俺を見下ろす親父と数人のSP。
GPS付きの携帯を置いて家を出てきたのに、どうしてここがわかったんだ?
そんな疑問を頭に浮かべながら息を整えていると、
「立て」
無表情に見下ろす親父の有無を言わさない命令に、ガクガクする膝を叱咤しその場に立ち上がった。
とたん、
「副総帥!」
「大樹様!」
「………っ」
今まで殴り合いをしていて足元がおぼつかないところを、親父に本気で殴られ一瞬意識が飛ぶ。
少しくらい手加減してくれよ。
そして襟元を締め上げられ、壁に押し付けられる。親父の皺一つないオーダーメイドのスーツと、その背後にあるそぐあわない風景に、笑いそうになった。
崎家の長男で跡取りの自分が、こんな薄汚い場所で殴り合いの喧嘩なんて、マスコミにでも知られたら狂喜乱舞されるスキャンダルだろう。ま、親父の力なら揉み消せるだろうが。
……あぁ、そういう家だったな、俺の生まれた家は。
親父の怒りは当たり前だよな。面倒なことを起こした俺を、立場を考えずに行動した俺を……。
もう一発殴られる覚悟を決めて目を閉じたとき、
「お前、自分の姿見てみろ?それで、託生が泣かないわけないだろうが」
低い声色で告げられた言葉は、予想の遥か斜め上を行っていた。
「………え?」
言われて視線だけ動かして己の姿を見てみると、ボロ雑巾のような、いや、雑巾のほうがずっとマシだ。あっちもこっちも埃にまみれ、服は破れまくっている。
ではなく、お袋がなんだって?
俺の疑問の視線に、
「お前のその姿を見て、託生が泣かないと思うのか?」
再度、親父が俺に聞く。
怪我だらけでボロ雑巾の俺を見たら………あのお袋だったら泣くだろうな。幼いころ、転んでひざ小僧に怪我をしただけでも、目に涙をためて、自分のことのように悲しそうな顔をしていた。
「託生を泣かすやつは、我が子でも許さんからな。先に殴っただけだ」
「……………は?」
「なんだ?不満か?」
「いえ、ではなく、それが理由ですか?」
俺が殴られた理由は。
「それ以外に何がある?」
崎家の長男だとかFグループの跡取りだとか、そういうことは関係なく、お袋を泣かせるから?それだけの理由?
気力で踏ん張っていた体中の力が、一気に抜けたような気がする。いや、気がするだけじゃなくて、その場に崩れ落ちた。
周りにいるSPの、なにか哀れなものを見るような複雑な視線が痛い。
そんな理由かよ、親父……。
「さっさと来い。馬鹿息子。託生に泣かれて罪悪感にさいまみれろ」
なんだか、どこか違うよなと思いつつリムジンに投げ込まれ、座り心地のいいシートに座ったとたん意識を失った。
ひんやりとしたタオルの感触に、目を開ければ自分の部屋。
「大樹?」
「………母さん」
「まだ真夜中だから。傷は痛む?」
「いえ……母さん、俺………」
「小言は明日言わせてもらうから、今は寝なさい」
「うん……」
薬が効いているのか頭の中がぼんやりと弛み、前髪をかきあげるように撫でられる心地よさに促され、とろとろと睡魔に落ちていく瞬間、目の端に映り罪悪感が俺の中を占めていく。
あぁ、やっぱり泣かせてしまったかと。
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