2017年05月27日

こんなんも

出てきましたけど、書こうと思っていたけれど、いったん放流。
大樹語りは、もう書かないような気がしますし。
「君が帰ってくる場所」の大樹側、「君が帰ってきた場所」の冒頭。



「一颯、いってらっしゃい」
 聞こえてきた母の声に玄関ロビーに顔を出すと、一颯が振り返りもせずドアの向こうに消えたところだった。 
 心配そうにドアを見つめて一つ溜息を吐き、体の向きを変えたとき母と目が合った。とたん、曇らせていた表情が穏やかに変わる。
「あれ、大樹?」
「一颯、追いかけましょうか?」
 人のことを言えないような振る舞いをした過去があるけれど……当時、母に今と同じような表情をさせていたのだと考えると後悔するばかりだ。だからこそ、一颯の行動が己の過去と重なって胸が苦しくなる。
「ううん、いいよ。また帰ってくるだろうし」
 なのに、軽く手を振って、先ほどの哀しげな表情なんて嘘だったように明るく母が笑う。
 いつも、そうだ。
 俺達子供に心配させないよう、母はいつも笑っている。だからと言って、無理に表情を作っているわけでもない。
「でも……」
「時間があるんだったら、コーヒーでも飲まない?」
「えぇ、いただきます」
 てっきりリビングに行くのだと思ったら、両親のプライベートルームに招き入れられた。
 幼かった頃はともかく、今ではこの部屋に入るのは滅多にない。
「咲未もいないし、たまにはね」
 そう言って、俺にソファを勧め、母はコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
 一颯は十三になり、親の付き添いがいらなくなった。学校があったときはマシだったが、卒業式を過ぎたあたりから家に寄り付かなくなった。
「大樹は、歯痒いんだろ?」
「まぁ、そうですね」
 同じ道を歩いて、今考えれば、なんてバカなことをしていたんだろうと思えるからこそ、一颯の行動が腹立たしくもあり歯痒い。
 どれだけ逃げたって、崎の人間であることには変わりはないのだから。
「一颯を理解できるのは、崎に生まれ育った人間だけだと思うんだ」
 できあがったコーヒーをカップに注ぎながら軽い口調で言うも、裏を返せば母こそ歯痒いのだと思う。いつも、どんなときでも子供の気持ちに寄り添っていたのに、今、一颯の考えていることがわからなくて。
「まぁ、反抗期ってのがないのは問題らしいから、ごくごく普通に育ってるんだろうなぁって思ったら、嬉しいよね」
 俺の前にカップを置き、正面に座りながら母が笑った。
「そういうものですか?」
 あれだけ俺も心配をかけ、一颯に至っては現在進行形。
 あまりにも前向きでのほほんとした母の台詞に呆れると、
「そういうもの」
 クスリと笑ってコーヒーを一口飲んだ。
「母さんも、あったんですか、反抗期?」
「ぼく?」
 首を捻り宙を睨んで、
「うーん、どうだったかなぁ。忘れちゃったよ」
「都合の悪いことは、記憶にない、と?」
「そういうこと」
 笑いあって、
「大丈夫だよ。ギイとぼくの子だもん。あの子は、ここが帰ってくる場所なんだってわかってるから」
 そう言って、ふと真顔に戻り、母は俺を見詰めた。
「大樹に寂しい思いをさせたんじゃないかなって」
「そんなことないですよ」
 今ならわかる。
 精一杯、両親がオレを愛してくれていたことを。
「そのときは、最善の選択をしたつもりだけど、後悔ばかりだよね」
 溜息を吐きながら、カップに口をつける。
「大樹に頼っちゃうところ、たくさんあったし」
「それは、兄として弟妹の世話をするのは当たり前でしょ?」
「親としては、誰もが同じ子供なんだよ。一人に負担をかけさせたってのは、反省すべき点だと思うよ?」
「いいえ、なにも負担なんて感じてません」
「ありがとう。大樹は、優しいね」
「そんなこと………」
「照れるところは、ギイそっくり」
 幼かった頃、父の書斎で偶然見つけたアルバム。男子校のはずなのに、母の姿が写っているのを見て驚いた。
 だから父に聞いた。「どうして、母さんがここにいるの?」と。
「大樹が大人になったら話してやるよ。今、託生はここにいるんだ。それだけじゃ、ダメか?」
 そう言って頭を撫でた父の手の大きさに、子供ながらにこれは聞いてはいけないことなのだと思った。父の手と変わらないほど大きくならないと、自分には理解できない難しいことなのだろうと。
 父が留学を終えたと同時に、母をアメリカに連れ帰ってきたというのは聞いた。そして、二十歳で結婚し三人の子供を産み、今は国際的バイオリニストとして活躍している。
 アルバムに残っているのだから、母が男子校にいたのは事実なのだろう。
 たまに訪ねてくる両親の友人を見ても、父を介して知り合ったのではなく、母個人の友人でもあることがわかる。
 けれども、アメリカに来る前の話は、一切聞いたことがない。
、両親共、故意に隠しているらしいことを聞くのは、ずかずかと土足で上がりこむような行為に思えて、今でも聞けずにいた。
「大樹はさ、普段と変わりなく一颯に接してほしいんだ」
「それで、いいのですか?」
「うん。一颯を理解できるのは大樹だと思うから」
「わかりました」
 母がそう言うのなら、昔の自分を見ているような苛立ちを、今のところ胸の奥底に置いておくことにしよう。
ラベル:日記
posted by りか at 03:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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