軽く流してください。
ドドドドと階段を数段ぬかしで駆け下りる靴音が聞こえてきたなと思ったら、プライベートの居間のドアが勢いよく開いた。
「託生、子供達は?!」
両手になにやら大荷物を抱え、肩で息をしながら飛び込んできたギイに驚きつつ、
「寝たよ」
勢いに飲まれたようにぼくが答えると、ギイはピシリとその場に固まり壁掛け時計に目を向けた。
「七時……だよな?」
「うん、だけど、三人ともはしゃぎ疲れてコテンと寝ちゃったんだよ。一颯と咲未なんて、食べながら寝てたし」
あれは笑った。
口は動いているのに、こっくりこっくり船を漕いでいた咲未と、右手にフォーク、左手にパンを持ったままけっして離さず、机に突っ伏していた一颯を思い出し、また笑いがこみあげてくる。かろうじて起きていた大樹も、機械のように手を動かすだけで、目はうつろだった。
普段なら、もう少し遊んでいる時間だけど、さすがに可哀想になってそのままベッドに連れていったのだ。
「急いで帰ってきたのに………」
ぼくの言葉に、ギイはその場に座り込んで、がっくり肩を落とした。
こんなに早く帰ってくることなんて滅多にないのに、子供達が寝ていたのは残念だけど、これだけは仕方ないと思う。眠いのに起きてろなんて、鬼のようなことは言えないし。
ギイの隣に同じように座り込み、しかし紙袋が邪魔になり、ギイと直角に座るしかなかったぼくは、
「ところで、この荷物はなに?」
ギイがいまだに大切そうに抱えている荷物が気になって聞いてみた。
パンパンに膨れた紙袋が二つ。中から、ガサガサと音が鳴っている。
「昼に、動画を送ってきたろ?」
「うん?」
「子供達が仮装した」
「あぁ!可愛かっただろ?」
今日はハロウィン。近所の家を回るようなことはできないけど、気分だけは味あわせてやりたくて、毎年ペントハウス内を子供達が仮装して練り歩き、メイド達もそれに付き合ってくれていた。
今年は咲未も一歳になり、大樹と一颯のあとをトテトテとついてお菓子を貰い、三人大喜びしている姿が可愛くて思わずビデオカメラを回したのだ。自分でも親バカだと思うけど、可愛かったんだもん。
それを、ギイと本宅に送った。
や、だって、可愛かったから誰かに見てもらいたくて、でも、あまりにも親バカかなと思ったから、許してもらえそうな人に送ったんだ。
午後にお菓子をどっさり抱えたお義父さんとお義母さんが訪ねてくださったけど……って、まさかこの荷物は………。
「オレも、子供達にTrick or Treat!と言ってもらいたかったんだ!」
あ、やっぱり?
ということは、この大荷物全てお菓子………。
ぼくも親バカだけど、ギイも相当親バカだ。
「でも、もう寝ちゃってるし、これ以上お菓子を渡したらご飯が食べれなくなっちゃうから、少しずつ渡してもらったら助かるんだけど」
今でも三人の部屋には、ペントハウスの皆から貰ったお菓子とお義父さん、お義母さんから貰ったお菓子でいっぱいだ。当分、おやつはいらないだろうなと思うくらい。
「オレも子供達の仮装見たかった………」
「うん、ギイに送ったのは一部分だけだから、あとで見ようよ」
直に見れないのは気の毒だけど。
がっくりと意気消沈している様子のギイに、今すぐビデオの用意をした方がいいかなと立ち上がろうとしたそのとき、
「託生」
ポツリと呼ばれてギイの顔を覗き込むと、ガシリと腕を掴まれた。
「Trick or Treat」
「はぁ?」
「託生、お菓子」
「なに言ってんだよ。そこにあるじゃないか」
「これは、子供達に渡すお菓子。託生、オレにお菓子をくれ」
「あるわけないだろ。ぼくだって、子供達に全部渡したんだから」
用意していたお菓子はもう、すっからかんだ。
「じゃ、いたずらしても文句はないな」
ニヤリと笑うギイに呆気に取られ、ポカンと口を開けた。
さっきまでの悲壮感は、どこにいったんだよ!
「ギイ、君、何歳?」
「花の二十九歳。オトコノコ」
「なにが、花のだよ。そんな大きな子供知らないよ」
「知っても知らなくても。子供達は熟睡だし、まだまだ宵の口だし、あー、今日はいい日だなぁ」
「いや、ちょっと待って、ギ……っ!」
捕まれた腕を引っ張られバランスを崩したぼくを、なんなくその場に押し倒し、長い長いキスでぼくを黙らせたギイは、
「今夜はじっくり大人のフルコースが楽しめそうだよな、託生?」
嬉しそうに耳元で囁き、その響く低音にぼくの体温が上がったような気がした。
ラベル:BL