2014年06月21日

無題

黒いコートを着た状態で耳を攻められている託生を妄想してみよう。 http://shindanmaker.com/124702



 ポツリポツリと頬に落ちた雨粒が、どしゃぶりに変化するのは一瞬だった。
 すぐ側にあった大きな木の下に避難し、分厚い雲に覆われた空を恨みがましく見上げる。
「お腹は空いてるし、雨は降ってくるし、サイアク」
 久しぶりに目覚め、外に出たとたん、これだ。こんな天気の中、出歩く人間がいないだろうことは安心だけど。
 雨が視界を塞ぎ、光がまったくない暗闇に包まれている森。しかし、夜しか出歩けないぼくの目には隅々まで見えている。
 視界の端に、古びた建物が見えた。
「………美味しそうな匂いがする」
 それも、極上の。
 ぼくの喉がゴクリと鳴る。
 どれくらいぶりだろう、こんなにうっとりするような獲物は。
「どこの誰だか知らないけれど、これを見逃す手はないよね」
 誰ともなしに呟いて、足取り軽く建物に近づいた。


 窓からそっと中を覗くと、ベッドに横たわっている人間が見える。でも、その大きさから想像するに「男?」
 てっきり瑞々しい新鮮な女だと思っていたのに。
 でも、今まで経験したことがない美味しそうな芳香に、迷うことなく窓を開けた。
 聞こえてくる寝息が深い。仮に起きても、眠らせればいいけれど。
 枕元に寄り、男の顔を覗き込んだ。
 今まで見たこともないくらい綺麗な男だな。端正な顔立ちは作り物のようにも見える。そっと喉元に顔を寄せると、くらくらするような濃厚な香りが一層際立った。
 お仲間にはしないから、安心してね。2、3日、起き上がれなくなるかもしれないけれど。
 ではでは、美味しくいただきま………す?
「へぇ。今時の吸血鬼って、男が男を襲うんだな」
「……っ」
 視界がぐるりと回り、気づけばベッドに押さえつけられ、今まで寝ていたはずの男が、ぼくを真上から面白そうに見下ろしていた。
 なんで?人間にぼくの気配がわかるはずないのに!
 闇の中で浮かび上がる男の上半身は、無駄のない筋肉に覆われていた。
 彫刻のように整った肢体をして一見人形のようにも見えるけれど、興味津々に見詰める目とぼくを抑え込む体温が、血の通った人間なんだと再認識させられる。
「黒いマントじゃないのか」
「そんな、いかにもな恰好なわけないだろ」
 呆れながら答えると「それもそうか」とあっさり納得し、なぜか枕元のスタンドのスイッチを入れた。
 あ、髪も瞳も薄茶色なんだ。この男に、よく似合ってる。
 ぼんやり見ていると、なぜだか心臓がドキドキしてきた。
 この男の視線の先にぼくがいることが、嬉しいような、嬉しくないような。
 というか、この状況、ヤバくないか?このまま心臓に杭を打たれたら、ぼくは消えてしまう。そして、ぼくは、今ものすごくお腹が空いてるんだ。
 仕方ないなぁ。強制的に眠らせて………。
「ふぅん。今、目が赤く光ったけど、何をした?」
「………うそ」
 普通の人間なら一瞬で寝るはずなのに。ぼくと同じ側……いや、やっぱり人間の匂いが……ちょっと待てよ。効かないってことは、この状況から逃げられないってことじゃないか?
 たらりとこめかみを冷汗が流れるような気がした。
 自慢じゃないけど、腕力に全然自信はない。押さえつけている男の腕はビクとも動きそうにもない。
 どうしよう。なにか動かせるものないか?棍棒でもバットでも、この男の頭を殴れるよう………うん?
「んーっ!んーんーっ!」
 視界が男の顔でいっぱいになったと思ったら、口唇を塞がれて硬直した。
 もしかして、これは、人間の世界で言うキス?!
「な、なにすんだよ?!」
「あ、もしかして初めてだった?ラッキー」
 なにが、ラッキーだ?!突然すぎて噛みつけなかったのが、とんでもなく悔しい!
 ……流れ込んできた唾液が甘くて美味しくて、夢中になりかけたのに自己嫌悪。
「オレを襲うつもりだったんだろ?こうやって……」
「ひゃっ!」
 耳!耳、舐められた!
「ちがっちがうちがうっ!」
「じゃあ、こうか?」
「んっ」
 耳を甘噛みした口唇を首にずらし、かりりと歯を立てる。
 そうだけど、噛みつくつもりだったけど、
「ちょっと、待って!」
「なんだよ?」
 不服そうに顔を上げた男に、ぷるぷると首を横に振った。
「なにか違う」
「なにが?」
「なにがって、なにもかも!」
 本当なら、今頃この男の首に齧りついて、新鮮な生き血を飲んでいるはずなのに、なんでぼくが齧られなきゃいけないんだ?
「オレを襲うつもりだったんだろ?」
「そうだけど………」
「なら、オレがお前を襲ったって同じじゃないか」
「はぁ?」
 ぼくが男を襲う=男がぼくを襲う。同じ………だったっけ?
「君がぼくを襲うって、あれ?」
「君じゃない、ギイだ」
「ギイ?」
「そう」
「って、だから!」
 なんでボタンを外されてるんだ?いったい、ギイは、なにをしようとしてるんだ?
 ジタバタと暴れるぼくを物ともせずに、ポイポイと服をベッドの下に投げ捨て、
「名前は?」
 ギイが、ぼくに聞く。
「な、なに?」
「お前の名前」
「た……託生……」
「託生、託生か」
「や……ギイっ…………う……んっ!」
 どこ、触ってるんだよぉ?!
 絶対、なにかが違うってば~~~~!


 吸血鬼の言うところの「襲う」と人間の言うところの「襲う」とでは、意味合いが全く違うことに気付いたのは、ギイに美味しくいただかれてしまったあと。
 でも、血を飲んでもいないのに、なぜか満足している自分に驚きつつ、温かなギイの腕の中で、今まで経験したことがない安心感と、ずっと包み込んでいた孤独感がなくなっているのを感じながら、ぼくは睡魔に身を任せた。
ラベル:BL
posted by りか at 16:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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